『もしもし、青嶋です。』
「室伊だ。君に、総官賞が出た。
正式な通達は今日の午後になるが、私の口から伝えたかった。」
『……俺に、スか?驚いたな。ありがとうございます。』
「私が授与するわけじゃない。今回の事件で君と音田刑事が果たした役割を、
上がきちんと評価しただけのことだ。」
『ああええと、室伊さんがわざわざ電話してくれたのが嬉しいなって。』
「……」
『もしもし?もしもーし?』
「聞いている。」
『まさか俺が総官賞で、室伊さんが封鎖の責任とって降格なんてこと、ないスよね?』
「ない。私ももらう側だ。」
『よかったぁー。』

心の底から安堵した笑い声が、耳に当てた携帯から伝わってくる。

『出世してくださいよ。一日でも早くトップに立って、今回みたいなことは、もう二度と……』
「……君は身を固める気はないのか。」
『ハァ?!いきなり変なこと言いますね。真下でもあるまいし。』
無茶を通り越して無鉄砲なあの男でも、家庭を持てば少しは自重するのではないかと思って口にした言葉だった。
「何の話だ。」
『いや、こっちの話です。あの運命の相手だなと思う人はいますけどね。
もうこの人に出会うために生きてきたんだなーなんて思って』
「……」
『なんかいっつも怒ってるみたいな顔なんですけど、実は俺のこと心配してたりして、
そういうときにグーッとくるんですよねー胸に。今も会いにいくとこなんです。』

室伊は、音田刑事を思い浮かべた。
撃たれて入院中の彼女を見舞いに行くのだろう。
「そうか。彼女も総官賞だ。授与式には出られんだろうが、君から伝えてやれ。」
「彼女って誰?」
いきなり肉声に切り替わり、驚きで立ち止まった室伊の数メートル先に、制帽制服姿の青嶋が立っていた。
「青嶋巡査部長、始末書の提出に登庁いたしましたッ。」
カツッと踵をあわせ、敬礼しているくせに口元は笑っている。
「室伊さんに挨拶しようと思ったら、シンジョーさんに会って、
外出してるって教えてもらったんですよ。そろそろお戻りだとうかがいましたので、
お待ち申し上げておりましたッ。」
「……慣れない言葉遣いはよせ。」
不意を突かれた自分に腹をたてながら、室伊は通話をオフにした。

庁舎の前の歩道で、親しげに言葉を交わす制服警官とキャリアという組み合わせを、
誰もが奇異の目で見ながら通り過ぎていく。

「彼女ってすみれさん?」
日焼けした顔のなかで、大きな目が子供のようにきらきらと光っている。
「ああ。会いに行くんだろう。」
「会いたかった人にはもう会えた。」
青嶋はすっと顔を近づけた。制帽のひさしが室伊の額に当たりそうになった。
「室伊さんが俺の運命の人。」
ほんの一瞬、ひさしでできた影の中で、二つの視線はぴったりと重なる。
それだけで、互いの思いは余すところなく伝わった。

すぐに青嶋が姿勢を戻したので、道行く人々の目には会釈と映らなくもないだろう。
どちらからともなく、肩を並べて庁舎へと歩き出す。
「今日はいつものコートじゃないのか。」
「あれね、今洗濯中なんですよ。血まみれになるの二度目だから、
クリーニング屋のおばちゃんに怒られちゃって。
完全には落ちないかもって言われても、あんなコートで歩けないじゃないスか。」
二度とも、室伊は自分の目でその凄惨な有様を見ている。
「だから何とかしてくれって頼みこんだら、次はない、だって。
俺だって好きで血まみれになったわけじゃないですよ。」
「たしかに、三度目は勘弁してほしいな。こっちの心臓がもたない。」
饒舌の合い間にさりげなく相づちをうったつもりだったが、青嶋の耳は聞き逃さなかったらしい。
「大丈夫。あんたがトップに立つまで俺は死なないから。」
「まで、では困る。ゴールはそこじゃない。」
もう一言続けようとした室伊は、エントランスの自動ドアの向こうにいる湾岸署の刑事課課長に気づいた。
室伊にお辞儀を繰り返し、青嶋を手招きし、その合間に素早く汗を拭っている。
「また会おう。」
低い声で告げ、敬礼をした。ただでさえ大きい目をさらに見開いた青嶋は、
輝くような笑顔で敬礼を返してきた。
「はいっ」

室伊はまっすぐにエレベーターに向かった。
背中に、青嶋の強い視線を感じる。

―――私の運命も君とともにある。

飲み込んだ言葉は彼に届いているだろう。


戻る