この殺伐とした胸に宿る青い炎。
此処には息の根を止めるような青い糸。
視界を埋め尽くすのは、底冷えするような――ただ、青、青、青。
視線を感じた。
水で滑る手から離れた陶器の皿は、床に落下して中途半端に高い音を立てあっさり割れた。
「サンジくん?」
ナミが航海日誌から顔を上げて、サンジを見た。
目が合った。
(…違う)
この視線ではない。
「お騒がせしました、ナミさん、ビビちゃん。…すいません、手が滑ってしまって」
フォローは忘れない。自分の為にも、彼女達の為にも。
サンジは船員の集合したラウンジをぐるりと一望した。
黒髪の無邪気な船長。その食べっ振りに、思わず笑みが浮かぶ。
その隣に座る狙撃手。器用に細切れの茸を皿の端により分けている。睨み付ければ縮み上がった。
船医は読書に集中している。見たことのない分厚い本だ。先日立ち寄った島で手に入れた医学書だろうか。
女性陣はすでに談笑していた。
また、ぴりぴりとした視線を感じた。
(あいつだ…)
あの男だ。
胸糞悪い視線。
剣士だ。
そいつに視線をくべると、男は真っ直ぐ自分を見ていた。
早く気が付けと、その瞳が文句を言っている。
(とっくに気が付いてたに、決まってるだろうが…)
あんな、人を殺し兼ねない剥き出しの感情に、気が付かないはずがない。
くっきりとした二重のそれを見つめていると、背筋を冷たいものが這った。
その瞬間、熱くなる体と、切り離されるように冴える頭。
サンジは冷笑した。
床に屈み込み、割れた皿の破片をゆっくりと指先で、一枚一枚摘み上げる。
ゾロが見ている。視線を感じる。
それだけで体温が上がる。目尻が発火するように熱い。
冴えた自分の脳味噌は、冷静にその獣を落とす算段をしている。
もったいぶらせて視線だけを上げれば、焦燥に駆られた獣が自分を睨みつけていた。
その瞳に、頭を殴られた。そんな気がした。拳で殴られるほどの衝撃を受けたから。
(本当は、たまらなくてめェが欲しいっつったら、驚いて腰抜かすだろうな…)
渇き始めた唇を舌で舐めて湿らせて、その場を凌ぐ。
滑稽なくらい、この感情に振り回されているのだ。
倉庫に男が入って来た。
サンジは、殺す気もなく消えている、微かばかりの足音でその正体を知る。
振り向きはしない。
そこから先は、おれのテリトリーだ。
「おい、クソコック」
呼びかけにも応えない。
てめェの、毎度御馴染みの第一声には、早くも飽きた。
黙って箱の中の食材を弄んでいると、後ろから肩を掴まれた。強く引っ張られた。
「おれを無視できるほど、てめェは偉いのか」
「…今更だな。少なくとも、この船の頂点にいるのはおれだ。お前らの命を握ってるのはおれだ」
頂点よりも高みに美女が二人いることは、黙っておく。
今、彼女達はまったく関係がない。
思った通り、男には自分しか見えていないのか、太い両手で掴みかかって来た。
サンジはとりあえず暴れた。
強靭な腕は、サンジの体を倉庫の冷たい壁に叩きつけた。
「…っ」
息が詰まった。
ゾロの、刀を握るために矯正された無骨な手が、ネクタイを掴む。
「…食わせろ」
ほら見ろ。何て男だ。
我慢という言葉も、理性という言葉も通用しない。
ネクタイを解き、シャツの中に分け入ってくる指に、常識的に間違っているのだと言っても、その緩い愛撫は止まらないだろう。
「…っ、はぁ…」
首筋に寄せられたゾロの唇から、声が洩れる。
指を這わせるだけで感じているのか。
(何て無様なんだよ…)
「…あぁ…」
仰け反ったこの唇からも、声が洩れる。
どうしようもない酩酊感。
(無様だ…)
サンジはポケットに忍ばせていた小さな皿の欠片を手に取った。
強く握り締める。
そこに小さな痛みが生まれた。
「やめろ」
こんなときばかり目敏い男は、サンジの手首を掴んで持ち上げた。強く握られた手に舌を這わせ、器用な口が、解き解れる拳の中から陶器の破片を奪い去った。
「お前もおれも、こんな物に縋らなくても充分冷静だろうが」
破片を咥えたまま、やはり器用に言い放つ。その顔が、サンジの顔にそのまま近付いてきた。
「…っん」
破片を口内に取り込んだ唇が、深く吸いついて来た。角度を変えて、何度も、何度も奥まで侵入を試みる。
快感に酔い痴れて差し出した舌先は、熱い舌と、この熱の中でも冷たさを保ち続ける陶器にぶち当たった。
「…ぁ、はぁ、ア、ァ…――」
唇が離れた瞬間、唾液に塗れた破片が零れた。かつんと小さな音を立てて、床に落下する。
サンジの体が大きく震えた。
ゾロの体は深く呼吸をした。
「抱けよ…っ!」
「抱かせろ…っ!」
疼く下半身。
どこかで道を違えた情熱が、襲って来た。
END
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上杉雪隆様のサイトで5555を踏み、『狂熱』というテーマでリクエストしたのがこの作品。
エロの深度はお任せしました。本番はありません、とメールをいただきました。しかし!この想像力刺激されまくりの描写をご覧あれ!特に最後の一行、ああもう、ゾロサンにはまってよかったな自分!
上杉様、ありがとうございました!!