甘い菓子なんて苦手だと思っていた。 1度だけうまいと思った記憶があるが、あれはもう2度と味わえないものだから、忘れることに決めている。 それ以来口にしてもいないものを苦手と決めつけるのも乱暴な話だが。

 この船に船医はいない。だから自分で切り落とそうとした足は自分で縫いつけた。もし元通りにならなかったら、そのときはそのとき。最初の夜は痛みで眠れなかったが、そのぶん翌日は昼寝した。大丈夫、すぐに治る。くっつく。心からそう信じているから、不安にはならない。

「な、なんだオマエその足!!狐狩りの罠にでもかかったのか?!」
リトルガーデンを出航した後で、サンジは傷に気がついたらしい。
ナミが説明すると、顔中で「あきれた気持ち」を表現してタバコの煙を鼻から出してみせた。
「両足のねェ大剣豪なんざ聞いたことねェ。もうちっと考えろよ」
「そのへらず口、横に広げるぞテメェ。」
「またアレか?負けるよりも死ぬほうがマシだ、なんて思ったのか?バカが。」
ミホークとの勝負までも侮辱されたように思えて、ゾロはサンジの胸ぐらをつかんだ。
「テメェになにがわかる!」
「死んだほうがマシなことなんざねェんだよ!!」
普段ナミ相手にへらへらしている男とは別人のような気迫だった。

 孤独、焦燥、飢餓、絶望、祈り。
あの岸壁でひたすら沖を見つめていた日々は、明日への希望だけが命の糧だった。
命の次に大事なものでも命のためなら犠牲にした男。
 オールブルーへ、必ずオールブルーへ。
強く願うことが契約のあかし。
そうして生き延びて、偉大なる航路を旅する船の上にいる。

「やめて二人とも!サンジさん、Mr.ブシドーは足が・・・!」
1発ずつパンチがはいったところで、ビビが間に飛び込んできた。
「どけビビ!」
「・・・」
サンジは拳をポケットに入れた。
「ごめんな、ビビちゃん。つい熱くなっちまったよ。コックが手ェ使っちゃダメだよなー。」
「なんだテメェは!けんか売り逃げか!」
黒いスーツ姿はゾロの声には答えずにキッチンへ消えた。

 ある昼下がり、甲板でさて寝るかと横になったゾロのそばを、チョコチョコと小さい動物の足が歩いていく。通り過ぎるかと思ったら、足下で止まった。
「ゾロ!この傷なに?!」
ドラムで仲間になった船医・チョッパーは、ゾロの足首を見て丸い目をますます丸くしている。
「あー・・・斬った。そのあと縫った。」
前ふりも途中もすっ飛ばされていたが、チョッパーはそういうことを追求しない。
「すごいな、ゾロは。海賊ってそれくらいできなきゃいけないのかな。」
「・・・別にできなくてもいいだろ。」
ぼふ、とチョッパーの帽子がへこんだ。指の長い白い手はコックのものだ。昼食の後片づけを終えて、甲板で一服しようと出てきたのだった。
「こんなこたぁバカしかしねェんだよ。オマエは真似すんな。」
ゾロは無言でサンジをにらんだ。このことに関してはやけにからんでくる。
「くっついたのかよ。」
「おう」
「ミトコンドリアみたいな奴だな。」
それが何かはわからなかったが、バカにされているに違いない。

すっとサンジはかがみ込んだ。
「ルフィと約束してただろが。負けねェんだろ、もう。死ぬことも、負けのうちにはいるんだよ。」
爪まで綺麗に整えられた指が、傷痕にそっと触れた。

「サンジはゾロのこと大事なんだな」

無邪気なチョッパーの言葉に吹き出したサンジは、くわえていたタバコを2メートルくらい飛ばした。
「気持ち悪ィ!オロすぞトナカイ!」
エッエッエッとトナカイは笑う。
「サンジ優しいもん。怖くないよ」

ゾロは驚いた。
いつも仏頂面かにやけ面しか記憶にないサンジが、赤面している。
「優しいのかオマエ。ふーーん。」
「レディにだけだッッ!」
ああ、こんな顔もするんだ。
困ったような怒ったような赤い顔で、サンジはチョッパーの鼻をつまんだり耳を両側から引っ張ったりしている。黒猫とトナカイがじゃれあっているようで、なんとなくゾロは笑っていた。



「オイ、飯だ。レディーたちを待たせんな。」
言い終わらないウチにつま先が脇腹にヒットして、ゾロは否応なく目が覚める。
なんだかちっとも寝ていた気がしない。
一瞬強い風が吹いた。
サンジが顔を向ける。
金の髪が好き放題に吹き散らされ、ネクタイが真横になびいた。
「この風、オールブルーも通りすぎてきたんかな。」
へへ、とサンジが笑う。
目を細めたその顔をゾロは黙ってながめていた。
「なんだよ」
「なんでもねェ」
 こんな顔もするんだ。

 昼食の後にはデザートが出る。
懐かしい香り。潮の匂いばかりで満たされていたゾロの頭の中にふうわりとひろがる香り。
「今日はバナナブレッド。薄切りのほうがうまいんだよなあ、なぜか」
瞬く間にスライスされて全員の皿に乗せられていく、バナナブレッド。
ゾロの前にも、その皿は置かれた。
「食ってみろ。うまいから。」

つかんだらこわれてしまうような気がして、柄にもなく指先で触れる。



心の奥から声が聞こえる。

『私ね、初めてつくってみたの。うまくできてるといいんだけど』

あれは、懐かしい村、懐かしい道場、差し出されたのはクマ柄の紙ナプキンでくるまれたいい香りのするなにか。はやしたてる仲間たち。

『ゾロ』



「・・・ゾロ!どうしたんだよ!」
はっと顔を上げると、みんなが不審そうに自分を見ていた。
ルフィがゾロの肩を揺すっていた。
「いらねェなら食っちまうぞ!」
言うがはやいか伸びてくる手を、ゾロはがっちりつかんだ。
「自分で食う。」
「なんだ、硬直するほどきらいなのかと思ったのに!」
「好きだ。」

「・・・えぇッ?!」(全員)

他のクルーは信じがたいものを見る目で、もぐもぐとバナナブレッドを頬張るゾロをみた。

 ほのかな甘さと、ホロッと崩れる歯触り。くいなにもらった「ケーキ」と同じだった。あれはケーキじゃなかったのか、とゾロは10年ぶりに記憶を修正した。

 そして、10年間抱えてきた大きな塊がふわふわとやわらかく姿を変えていくのを感じていた。



 オレはくいなが好きだったんだ。
 くいなもオレのことが好きだったんだ。



「うめェ」



 うめェよ、くいな。なんでかな、コイツが作ったのもおまえのと同じ味がするよ。

胸の中のくいなは年をとらない。少女のままで笑っている。

そのひともわたしとおなじきもちなんだよ。

サンジが空になった皿にもう一枚スライスして持ってきた。
「おかわり、食うだろ」
青い目がいつもよりあたたかく思える。

『ゾロ』

『お誕生日おめでとう』

END


あの人たちって、何月に航海してるのかちっともわかりませんよね。
偶然この日が剣豪のお誕生日だったってことで。
そしてここから「スコール」につながっていくのでしょうか。
(問いかけてどうする)
読んで下さってどうもありがとう。

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