その男が海上レストラン『バラティエ』に後ろ向きで現れたのは、夕暮れ時だった。見るからに漂流状態にあったが、残飯でいいから食わせてくれと言った声には、思ったよりも力があった。
 早々にパティにつまみ出された男に、サンジは海鮮ピラフの皿を持っていってやった。一口食べると、男のハート型のサングラスの下から涙がこけた頬を伝わった。

「う・・・うめェ・・・」
「当然だ。へんなカッコしてるけど、オマエも海賊なのか?」
「ああ。催眠術が得意だ。」
「誰も聞いてねェけどよ・・・。催眠術って、アナタハネムクナル〜ってやつだろ。海賊稼業となんか関係あんのかよ。」
男は食べる手を休めずに答えた。
「そこらのヘッポコ野郎と俺を一緒にするな。俺の術は世界一だ。」
ふうん、と本気にしていない様子ありありのサンジ。
「本気にしてねェな?!・・・クソ、いつもなら身をもってわからせてやるんだがな。アンタは俺の恩人だ。見逃してやるよ。」
「・・・なんだと?」
タバコをくわえたサンジが、ぎろっと男をにらんだ。
見逃して、やる?
「おいおいおっかねェ顔すんなよ。うまかったよ、ごちそーさん。」
「待て」
男の前にサンジが立ちはだかった。
「オレにその術をかけてみろよ。」

 それから後のことが、どうしてもサンジの記憶の中では曖昧なのだった。男の顎から生えた妙なシマシマや後ろ向きの歩き方などははっきり覚えているが、催眠術は成功したのか、どうだったか・・・。

 ふと、サンジは夕食の席で他のメンバーに聞いてみた。
「おめェら、催眠術ってかかったことあるか?」
「催眠術・・・!」
ナミもルフィもウソップもゾロも、一瞬ぎょっとした顔でサンジをみた。
「な、なんだよ」
「まさかオマエまで催眠術師だってんじゃねェだろうな・・・」

 ウソップの話で、どうやらサンジが会ったのも同じ催眠術師らしいとわかった。
「じゃあこのオレがぶっ飛ばしてからバラティエに行くまでの間に、あいつのほうが早く着いてたんだな。で?オマエもやっぱり眠らされたのか?」
ウソップの質問に首を横に振る。食べ終わった剣豪が、席を立ちながら言った。
「自分がモテモテだと思いこむ術でもかけてもらったんじゃねェのか」
「けんか売ってんのかテメエ!!」

 ナミの仲裁でその場はひとまず穏便にすませたものの、一人で皿を洗っているとだんだん腹立ちがぶり返してくる。
「クソ!あんなムカつく野郎には会ったことねェぞ!」
思わず口に出して言った言葉が、起爆剤だとはサンジが知る由もなかった。

 ゾロは珍しく男部屋にいた。ひまさえあれば甲板で筋トレしているのだが、ナミにたまにはシャツを洗えと言われて素直に洗濯しているのだった。
 誰かが部屋に降りてきた。ためいきと、ソファに身を投げ出すドサッという音がする。部屋を横切るコツコツという足音で、誰だかわかった。
 洗い上げたシャツを絞って立ち上がると、ソファに横たわって両手で頭を抱えているサンジが目に入った。
「具合でも悪いのか?」
かすかなうなり声が聞こえたので、ゾロはそう声をかけてみた。
「・・・」
返事はない。おい、とスーツの肩に手をかけて揺さぶると、サンジは顔に当てた腕をゆっくりどかした。

 青い眼が潤んでいる。

白い手が伸びて、ゾロの腕をつかんだ。着ていたシャツを脱いでそのまま洗ったので、今ゾロは上半身になにもつけていない。一瞬、それがこころもとなく感じられた。なぜかはゾロにもわからない。寒気によく似た感覚が背筋を走った。
「な、なんだ・・・?」
「・・・ゾロ」

 唇が、かすかにとがっている。
 くちづけをねだる女のように。

そんなわけはないとうち消しながら、かすれた声で自分の名を呼ぶその唇を見つめてしまう。

「オマエ、変だぞ、なんか・・・熱でも・・・」
ゾロの右腕はサンジにつかまれている。自由な左手をサンジの額にあててみても、とくに熱くは感じない。だがサンジは上気した顔でゾロを見ている。

 ぐい、とサンジの右腕がひかれ、それにつられてゾロはサンジの上にのしかかるような格好になった。右腕が自由になった、と思ったとたん、サンジの両腕がゾロの首にまきついていた。

 薄い唇が、ゾロの目の前でその名のかたちに動く。

 ゆるめられたシャツの襟元から、鎖骨のくっきりとしたくぼみが見える。

ゾロはぶるぶると頭を振った。乳房の谷間ならわかるが、男の胸板に欲情するいわれはないのだ。もっとも谷間にはこのところお目にかかっていないが。鼻先で揺れる金髪に、どうせパツキンならグラマー美女がいいんだ!と考えた瞬間。
「うッ・・・」
その連想がまずかった。確実にたちあがりはじめた下半身を、サンジに悟られないよう遠ざけようとしたが不安定な体勢でそうもいかない。
「おい!なにやってんだオマエ!妙なマネすんじゃねェ!」
半ば自分に言い聞かせるように声を出しても、サンジは離れない。ピアスがしゃらしゃらと鳴った。温かくて柔らかなものが耳に触れ、かすめるように通り過ぎた。

 ああ。
 呼ばれている。

ごく、と唾を飲み込む音も少し早くなった動悸も、みんなサンジに伝わっているだろう。

 
「欲求不満なのか?」
 何も答えず、ただすがりついてくるサンジの様子はどこかおかしい。裸の背中をサンジの指が這った。くすぐったさと、ぞくぞくするようなこの感じ。
自分の中に生まれた快感を認めたくなくて、ゾロはサンジを引きはがしにかかる。右手でサンジの右手首をつかみ、左手で左手首をつかみ・・・もちろん力ではゾロの勝ちだ。しかし、相手の両手をつかんでいれば自分の両手もふさがってしまう。
 体を離して、よし、と思った瞬間、サンジがゾロの唇をなめた。
「うわッ・・・」
ぬるりとした感触に、まるでペニスの先端をなめられたような錯覚に陥りそうになる。舌がたどった軌跡を今度は唇が追いかけて、気がつくとゾロはサンジの舌にからめとられていた。

 さんざん口の中を蹂躙して、ようやく離れたサンジは薄く笑っていた。
それは揶揄や愉悦ではなく、まるで試すように。

 おまえは自分の欲望を直視する勇気があるか?

ゾロはサンジの髪をつかんで仰向かせると、今度は自分から深く唇を重ねた。

 頭のすみで、ナガサレルナと声がする。

 聞こえない。

 目の前の生意気な男に人をバカにすると痛い目に遭うのだということを教えてやろう。

 だれもおまえのおもいどおりになんかならないきもちよくなんてしてやらないただねじりこんであびせかけて

「ゾロ・・・」

心の表層に噴出してきたものの正体を見極めようとした最後の理性が、熱いため息のような呼び声に粉砕された。

 ウソップが風呂から部屋に戻ってきたとき、他には誰もいなかった。
ソファーにサンジのジャケットが投げ捨てられているだけだった。

 男の指がこんなに柔らかいとは思わなかった。指だけじゃない。舌も唇も。
壁に背をあずけて立っているゾロの股間に顔を埋めて、音を立ててしゃぶる姿はどう見ても普段のサンジではないが、あえてそれは考えない。おかしいといえば自分だって充分オカシイ。同じ年の男にしごかれて勃起してる時点でもう自分の身体だとは思えない。

 さっきのはなんだったんだ?
どす黒い濁流が頭の中に流れ込んできた。嗜虐心?征服欲?
強くなるのは自分のためだ。他人を支配する為じゃない。

「立てよ」
腕をとってサンジを立たせると、壁に押しつけた。自分より一回り細い体。スピードではゾロに優るほどの、しなやかな鞭のようなカラダ。
 するりとサンジの腕がまたゾロの首にまわされた。
力ずくじゃないんだ。むしろ、乗せられているのは自分のほうだ。

 誘惑に。

 サンジの口に指を入れてしゃぶらせ、片足をかかえあげて唾液を潤滑剤にして狭い穴にねじ込み、苦痛にゆがむサンジの顔を見た。
「今からそんな顔してたら、後がつづかねェぞ。自分で誘ったんだから覚悟決めろよ」
サンジは荒い息をつきながら、ゾロの目を見ていた。唇のはしで唾液が光っている。コイツは女とするときもこんな顔をするんだろうかと考え、少し腹が立つ。何があったのか知らないが、いきなりこんな状態になっているサンジと、それに巻き込まれている自分に。

「入れるからな、力抜けよ。」

 ぎりぎりと挿入していく感覚は、ピアスを開けたときに似ている。肉の中を異物が突きとおる気持ち悪さとイキそうになるくらいの快感。アレを今サンジも感じているのだろうか。

 気がつくと、汗が身体を伝っていた。

サンジが低くうめく。だが彼の陰茎は固くなってゾロの下腹にあたっている。粘膜に包まれたゾロは、その快感に声をあげそうになった。筋肉に締め付けられた部分は痛いほどだが、温かい粘膜によるそれは鳥肌が立つほどの気持ちよさだ。
「あ、あっ」
ガクン、とサンジの身体が揺れ、高めの声が出た。ゾロが両足を脇に抱えたために、自分の体重でゾロを飲み込むことになり、根本までが一気に埋まったのだ。ずっとゾロから眼をそらさなかったサンジが、ぼうっとした顔で自分のペニスをすり立てるゾロの手元を見ている。

「あ・・・?うわッ何やってんだオマエ!!」
「び、びっくりさせんなアホっ!」
サンジは目を限界まで見開いてゾロを凝視している。大声に驚いて、ゾロはまず手で口をふさいだ。ここは女部屋の真上にある倉庫、ナミが起きてきたらどうするつもりだ。
「んがッッ!んんん!」
さっきまで射精寸前だったサンジの性器が、急に萎えていく。ぱしぱしとたたかれて、ゾロは右手をどかした。
「い、い、いて・・・っな、なんなんだよ、どーなってんだよ!!オロすぞ変態!」
そうとう動転しているらしく、視線がきょろきょろと落ち着かない。だがゾロはサンジの変調にはかまっていられなかった。変と言えばずっと変なのだ。
 じたばたするサンジを壁に押しつけたまま、無理に腰を動かした。抜き差しするペニスにからみつく粘膜にはすべてをなげうつ価値がある。

 下半身から全身を二つに裂かれそうな激痛が襲う。しかも至近距離でゾロが息を荒げて動いている。あまつさえ、裸だった。何が起こったのかまったくわからず、あまりの痛みにゾロの肩にしがみついた。
「殺す気かよ!抜きやがれクソヤロウ!」
「オマエが誘ったんだろうが!もう止まんねェんだよ!」

罵りあいながらも、ゾロは確実に絶頂へと向かっていた。逃れようとするサンジの動きが、ダイレクトに刺激となって伝わってくる。サンジは懸命にゾロの腕の中から出ようとするが、片足を押さえられていてはどうにもならない。
「あー・・・出る・・・」
「やめろバカ!殺す!マジ殺す!」
ぐぅっとゾロのペニスが膨らんで、サンジの腸壁を押し広げた。声にならない悲鳴を上げて腕を突っ張り、サンジはゾロを押しのけようとする。
「・・・ッッッ!」
溜まり気味だったこともあり、ゾロは思いっきり射精してしまった。

「・・・はー・・・」
気持ちよさに顔がゆるむ。ズル、とサンジの身体から力が抜け、二人とも床に座り込んだ。
「なんでだよ・・・なんで俺がオマエにやられてんだよ・・・」
「だからオマエが誘ってきたんだろ。いきなり舌入れてきてわけわかんねェのはこっちだっての。」
「・・・死ぬ覚悟はできてんだろうな、テメエ。」
蹴り殺そうと立ち上がりかけ、サンジは大きくバランスを崩してゾロの胸に突っ込んだ。
「いっっっっってえええええええぇぇぇぇ」
「安静にしてろ、バカ」
一方的に突っ込まれたうえにこの暴言。
「テメエって野郎はほんとに、ほんっっっとに・・・」
言いかけて、サンジは思い出した。霧が晴れるように、曖昧だった記憶が姿を現す。

 あの催眠術師。次に会ったときがあいつの命日だ。

「・・・だいたいテメエな、誘われたからってホイホイのってんじゃねェよ。ホモか。」
心なしかサンジの声に勢いがない。
「そうだな。ルフィかウソップだったら放っといてたな。」
まったく自然にゾロは言ってのけた。サンジだから抱いたのだと、同じ意味のことを。
「気持ち悪ィこと言うな。・・・ったく、タバコもねェのかよ。つーかティッシュも用意してねェのにセックスすんな。調子に乗ってドバドバ出しやがって。」
倉庫なのでティッシュは買い置きが積んである。ゾロがそれを積み荷から探し出し、サンジはなんとか服を着ることができた。

 怒りの沸点を過ぎるとかえって冷静になってしまうことがあるが、サンジの場合は少し違っていた。あのとき、自分が「見逃してやる」という言葉にムキになって勝負を挑んだりしなければ、こんなことにはならなかったのに。

「戻るか」
ゾロが立ち上がって手をさしだし、サンジがつかまった。
「明日になったら蹴る」
「返り討ちだ」

一方そのころ、下の部屋では。
「・・・馴れ合ってんじゃないわよ」
うるさくて寝られなかったナミが、明日のためにこぶしを固めていた。

『・・・しかたねェ、そんなに言うならかけてやる。』
『おお、やってみやがれ!』
『よーし・・・おまえは一番ムカつくやつと寝たくなる!1、2の、ジャンゴ!』


END


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