「なぜそうまで意地をはる?私は神だぞ。」
まばゆい光芒がエネルの全身を覆い、雷鳴が轟く。
「私は“神”だぞ!!」
バリバリという轟音のあと、稲妻があたりに突き立った。
それでもお前には従わないのだという声が、エネルに激しい苛立ちをもたらす。
救いも、奇跡もなく。
ただ、絶望と罪よあれ。
この強大無比な力の前には、たかが人間の、なんの“能力”も持たぬ人間の矜持など無意味なのだと、その身に刻み込むように教えても青い目は決して屈服しない。
今この瞬間も、少しでもエネルから遠ざかろうとするかのように、満身創痍の細い体は船のへりに向かって進んでいる。残されたわずかな体力を、抵抗や延命ではなくただ前進することだけに注ぎ込んでいる。
すがらず、祈らず、迷わない心は神の座を脅かす、この世にあってはならないモノだ。
肩と膝で這うように進む背中を、後ろ手に戒められた腕ごとエネルが踏みつけた。
ぎし、と骨がきしむ。
「う……っ」
「逃げるところはない。」
サンジの両手足を拘束していた鉄雲が、雷撃で砕かれた。
「たとえその身が自由になっても、おまえは私の意のままになるしかないのだ。死という選択肢すら、お前にはない。」
だがサンジはエネルを振り仰ぎもしなかった。際限のない苦痛に苛まれる恐怖も、絶望もその心にはなく、むしろエネルにとって信じがたい感情がサンジの中に生まれつつあった。
「……この人間ごときが!」
衝動のままに、エネルは己自身で背後からサンジを貫いた。傷だらけの足を割り開き、さんざんダイヤルで蹂躙したところへ怒張を突き立てると、さすがに暴れる体をおさえつけて強引に前後に揺すった。
「あぁああ!ぐ、うぅあ……ッ!」
苦鳴は、震えるような快感をエネルにもたらした。痛みと苦しみ、そこから生じる恐怖と諦念、脆弱な人間が神に対して抱く感情は、そうでなくてはならない。
そうでなくてはならないのだ。絶対に。
「お前は罪をおかした!これは報いだ!」
締め付けてくる肉をえぐるたびに、そこから流れる血が腿を伝い落ち、エネルの嗜虐性をさらに駆り立てる。いたわりも愛情もかけらもない苛烈さで、エネルはサンジを責めた。
己らの力不足には目をそむけ、荒れ狂う理不尽な自然の力に“神”の名をつけて、弱い存在に甘んじてきた人間が。
神を憐れむことなど、許されない。
そんな傲慢な感情を許すわけにはいかない。
「報いだ……っ」
こみあげてくる欲望を残らず注ぎ込み、エネルはおさえつけていた体を解放した。触れていれば、それだけ伝わる“声”も強くなる。
かわいそうなやつだと、
そうつぶやく声が。
呪詛ならばいい。
たとえ百万の声でも、呪詛ならばいっそ耳に心地よい。
「……なぜだ」
なぜ、憐れむ。
茫然と立つエネルの足元へ、かつんという音とともになにかが投げられた。
はっとわれに返れば、ふらふらと立ち上がった男が首筋をさすりながらこちらを向いている。
「逃げるところなどないと、言ったはずだ。」
「帰るところは……あるさ……」
かすれた声でこたえ、サンジは箱舟のへりに立った。
「自ら死を……?!違うな、貴様いったいなにを……!」
血でまだらになった足が、床を蹴った。
体が一瞬宙に浮き、アッパーヤードへ向けて落ちていく。
その場を動かずとも、エネルにはわかった。
彼の落ち行く先は決して死と同義ではない。
「……よかろう、どうあっても認めさせてやろう。」
青空を厚い雲が侵食しはじめた。みるみるうちに黒く渦巻く不穏な雲に埋め尽くされ、ゴロゴロという大音が響き始める。
「今度は逃がさんぞ……!」
数条の稲妻が、白く光る刃のように天から降り注ぎ、“神”は世界を破滅へと導き出した。