ぞろぞろと5分ほど歩いていくと、石壁の家についた。入り口に下がっているカーキ色の帆布がドア代わりらしい。
「帰ったよ。お客さんも一緒だ、なにか食べ物を・・・」
男が、ん?という顔になる。続いて入っていったナミたちの顔も「ん?」になった。
見覚えのある顔が、敷物の上に座って薄いパンをかじっている。
「あどーもお邪魔してます。あれ?ナミさんとオマケどもじゃねェか。どうしたんだ?」
「そっちこそ何してんのよサンジくん!なんであんたがここでご飯食べてんの?!」
このやりとりに、石のかまどの前で鍋をかき混ぜていた女性が振り返った。
「お帰り、あんた。あなたがたはお仲間?」
「うん、ウチのコックだ。」
彼女は痩せすぎではあるが柔和な顔をほころばせ、夫婦そろって世話好きで参るよ、と言いながら客の数をかぞえた。
「みんなご飯だね?じゃあそこらに座って。ナンとスープしかないけどね。」
「あの・・・ご迷惑じゃあ・・・」
ナミはそっと男に聞いたが、笑って首を振るだけだった。
「そんなに立派な建物なのか。」
サンジの説明にウソップが驚いて声を上げる。たしかに花でいっぱいの庭や磨き込まれた大理石、御影石などは、この町並みからは想像もできない。
「まるで別世界だったぜ。キッチンには肉も野菜も山積みで、香辛料からハーブから全部そろってやがる。んで、コンクールの説明が始まったんだけどよ・・・」
黒服に身を包んだ中年の執事は、広い厨房で集まった5人のコックたちに告げた。
「当領事館の主であらせられるモンタナ様は、たいへんな美食家でおられる。海を越えてきたコックたちならば、必ずやまだ口にしたことのない美味を味あわせてくれるであろう、との仰せである。モンタナ様のお気に召した料理を作ったコックには、次の島へのログポースと100万ベリーが与えられる。食材はこの厨房に豊富に用意してあるが、足りなければ各自調達し、4時には皿を整えてモンタナ様へお出しできるようにしておくこと。以上。」
言い終わると、ズボンの折り目と同じくらいビシッとした背筋で、彼は厨房を出ていった。
残ったのは5人のコックたち。だがサンジを含め3人はカタギのコックではなさそうだった。盛り上がった筋肉や顔の傷などが素性を語っている。グランドラインを航海する海賊船の一味なのだろう。
他の二人はさっそく材料の吟味に入っている。中肉中背の取り立てて特徴もないような男たちだった。
どうしたもんか。
サンジはとりあえず館を出た。
「だから、なんでそこで出てきちゃうのよ。4時まであと2時間半しかないじゃない。」
「コックの勘ってやつかな。」
食事はあっさりと終わった。パリパリ、モチモチのナンも鳥で出汁をとってあるスープも旨かったが、満腹になるようなものではない。だが誰も何も言わずに食べ、主人夫婦に心から礼を言った。今車座になって座っている彼らの前には、濃いミルクの香りがする熱い飲み物が置かれている。一口飲んだゾロは予想外の甘さに吹き出しそうになったが、なんとかこらえて飲み下した。
「さっき奥さんに教えてもらったけど、ここはログが溜まるのに半年かかるんだって。てことは、サンジくんが優勝してログポースもらってくれないと、私たち半年もここで足止めよ。」
「それはいやだ!サンジ、優勝してくれ。」
焦って立ち上がったルフィに、ゾロが言った。
「落ち着けよ。そのヘボコックが負けたら、勝ったヤツから奪えばいいだろう。海賊なんだからよ。」
「うわ!悪いヤツだなーオマエ。」
「そっか、その手があったわね。さすがは魔獣ロロノア・ゾロだわ。」
「俺だけが悪者かよ!」
賑やかなやりとりには加わらず、サンジはこの家の主人である男の方を向いた。
「領事館ってことは、モンタナってやつがこの町の管理を任されてるんだろう?でもな、正直ここがこれだけ貧しそうなのに、なんであそこにはあんなに食い物があふれてるんだ?ただの汚職にしちゃあ差がありすぎないか?」
男も、その妻も穏やかな顔で聞いていた。それは満ち足りた平穏ではなく、諦めがもたらす静けさであることに、サンジは気づいた。
「・・・ここは、昔内乱が絶えない地域でね。町の住居がすべてあばら屋なのも、そのときの銃撃戦やゲリラ戦が原因だ。畑は人間の足で踏み固められて作物がとれなくなり、船を持っていた者たちは海へ逃げ出した。」
いつのまにか、皆その話に耳を傾けていた。
「やがて隣の大国が乗り込んできて内乱はおさまり、その国から来た領事が救援物資とともにここを監督することになった。それがモンタナだ。しかし住む家や家族を失い、食べるものもなかった私たちには税金が払えず、救援物資は領事館から出ないまま。あれからもう5年が経つ。」
「ひでェな!みんなで乗り込めばいいじゃねェか!」
男はゆっくりとルフィを見た。
「生きていれば、君くらいの息子がいた。ここに住む者たちは、みなその苦痛を味わっている。もう誰も失いたくはないんだ。たとえ貧しくても、夜中にいきなり家を爆破されることもない、常に銃を持ち歩く必要もない。私たちは、それだけで満足なんだよ。」
「・・・!」
ナミが下を向いた。その肩を軽くたたいて、サンジは立ち上がった。
「行ってくる。ログポースはもらえねェかもしれねェけど。でもそこの悪人が言ったとおり、俺たちゃ海賊だからな・・・どっかの領事館を襲ったりもするかもな。」
「・・・カッコつけすぎなんだよ、クソコック。」
「よし!行くぞ!肉持って帰ってくるからな、おっちゃん!」
「このウソップ様も一肌脱ぐぜ。執事相手ってのが物足りねェがな。」
立ち上がるクルーたちを呆然と見ていた男が、あわてて言った。
「なにをする気だ?領事館には内乱の再発や残党狩りにそなえて、武装した近衛兵がいるんだぞっ!」
とたんにウソップの足が震えだした。