ゾロは腕組みして舳先に座り込んでいる。素振りでもしようかと思ったが、下半身の一部が邪魔をしてうまくいかなかった。固く勃ちあがったソレは、ゾロがなにを考えようと鎮まらずむしろズキズキと脈打つばかりだ。こうなったらこのまま待っててやる、と開き直った彼は元凶が戻ってくるのを待ち伏せ、もとい待ちわびているのだった。
常人なら、間違いなく貧血でぶっ倒れる勢いでゾロの下半身に血が集まっていく。鼻息も荒くサンジを見れば、もう自分で握っているだけでもかなり感じるらしく、透明な雫が先端に浮いている。手を伸ばしてそこに触れると、サンジは浅く息を吐いた。
「……っ、あ……っ」
唇から漏れるのは抑えられた声。いつもと違い、船の中には自分たち以外いないというのに。だが、これから存分に聞かせてもらおうかとゾロが服を脱ぎ始めると、サンジははっきり言った。
「今はダメだ。」
「……は?」
言葉の意味をのみこめず、シャツに手をかけたまま固まった彼に向かい、サンジは同じことをもう一度言った。わずかにずれた眼鏡を直しながら。当然ゾロは一分たりとも納得できない。
「待てよオイ」
脱ぐのは後回しにして、立とうとしたサンジを押さえ込みにかかる。ダメだと言ったところでサンジが間抜けな恰好であることには変わりないうえに、立ち上がりかけた拍子にズボンが膝あたりまでずり落ちて蹴ることもできない。こいつはアホだと、しみじみゾロは思った。
数秒無言でもみあった末、まだるっこしくなったゾロはもう一度サンジ自身をきつく絞るようにこすりたてた。凶暴なコックの身体から力が抜けていくのを感じつつも、手は休めない。愛撫というより猛獣ならしに近い。
「んんっ」
サンジはゾロの肩に両腕を突っ張っているが、狭いイスの上に横たわった体勢から、馬乗りになったゾロを押しのけるにはウェイト差がありすぎる。しかも充血しきったモノからはとろとろと体液がこぼれて、ゾロの手が上下するたびに濡れた音をたてている。
「……あぅ……」
かすかにふるえる唇を至近距離で見ながら、ゾロは勝利を確信していた。
「あ……あ……っ、あっ!」
組み敷いた男の爪が、ゾロの肩にきりきりとくいこんだ。
そして、彼は股間にテントを張ったまま舳先に独り座している。油断がこんな情けない状況を招いたのだと反省半分、怒り半分、意地でもこの始末は料理人にさせる気である。
いい気になって服を脱がし、足を自由にしてしまったばかりに、メガトン級の重いキックを横っ腹にくらう羽目になった。とっさに呼吸もままならなくなった彼に目もくれず、サンジは猛スピードで身支度をするとナミを迎えに下船してしまった。これではまるでマスターベーションの手伝いをしてやったようなものである。人を馬鹿にするにもほどがある、とゾロが怒っても、誰も責めはしないだろう。
「絶対この前のあれを根にもってやがる。クソコック。」
いきなり気絶させて路地裏に引きずり込み、半ば無理やりことに及んだ自分の所業は棚上げしている。サンジがそれを根にもったとしても、絶対に誰も責めまい。
ふと頭の中によみがえってきたものがあった。
切れ目なく続く波の音が思い出させたのだろうか。
先刻の夢の中で、ゾロはイーストブルーを漂流していた。
ルフィに出会うこともなく、その後の成長もなく。
出会う前の記憶なら、そんなに悪いものでもない。やがて訪れる嵐の中の進水式という未来を知っているからだ。だがその夢では、出会いそのものがなかったことになっていた。賞金首相手に斬り合いを続ける日々の虚しさは、眠りを中断するのには十分だった。なによりもその生に欠けていたのは、黒いコックの皮肉な笑み。
「……クソコック。」
繰り返すつぶやきはどこか嬉しげだ。口も悪いし足癖も悪い、素直なところなどひとつもないようなあの男の、どこに執着するのだと聞かれれば、すべてだとしか答えようがない。今度こそ不愉快な夢はすっぱり忘れて、帰りを待つことにしよう。帰ってきたら、
「朝までつっこんでやる。」
騒がしい一行が船に近づいてきた。それが船長以下仲間たちであることは、たいして明るくはない港の灯に頼るまでもなくすぐにわかる。体の某所の熱も大分引いていたゾロは、船の上からハシゴをおろした。
「……?!」
航海士、考古学者、船医に狙撃手、そして右肩にクソコックを半ば背負うような姿の船長。サンジは意識がないのか、顔をルフィの肩口に伏せてぐったりとしている。その右胸から肩・腕にかけて黒いしみが広がっていることに気づいた途端、今度は頭に血が上った。いったりきたり、今日のゾロの血は忙しかった。