小さな花弁、甘い香り。料理の風味が変わってしまうのを嫌って、めったに花など置かなかったクソジジイが、毎年暖かくなるとこの枝を一抱えもデッキに飾った。少し強い風が吹けばあっという間に散ってしまう、それはそれでいいのだと言って、飾ったあとは見向きもしない。変なジジイだと思ったが。



 昨日までの嵐がやんで、甲板には洗濯物がはためいている。夜までには乾きそうだ。清潔であることはコックの心得第一条、シャツは常に洗い立てのものでないと気持ちが悪い。かといって美女二人がいるこの船で、服が乾くまで上半身裸で歩き回る図太さはない。サンジは安堵しつつおやつの仕込みにかかった。


淡い紅色に染まった餡が、サンジの指先で花びらに形を変えていく。テーブルにひかれたリネンには、親指の先ほどのものがいくつも並んでいた。
あともう少し、とさらに集中しようとしたとき、扉が開いて風が吹き込んできた。
「なんだてめェか。おやつならまだだぞ。」
無言のまま入ってきたゾロは、サンジの手元をのぞきこんだ。
「……桜か。」
「桃だ。」
「あー……どんなのだ。」
「だからコレだよ。」
こんな色の小さい花は、剣士にはすべて桜の同類なのだろう。
「花の形を覚えんのもコックの仕事か。」
「てめェよりはよく知ってるけどな、常識の範疇だ。それに桃は特別なんだ。」


大きな瓶に無造作に投げ込まれた枝を目にすると、客は笑ったり顔を寄せてほのかな香りを楽しんだり、評判は上々だった。
「いつもやりゃあよかったのになァ。毎年この時期だけなんだよ。んで、桃見ると春だなーとか誕生日だなーとか色々……なんだよ。」
全員分の菓子を作り終え、ずっとうつむけていた顔を上げると、片方の眉を思い切り吊り上げているゾロと目があった。
「誰の誕生日だ?」
「おれの。だからなんなんだよ!その顔やめろ。」
言い終わる前に蹴りつけてきた足を、ゾロはかろうじてよけた。馬鹿にした顔はそのままだ。

「祝ってたんだろ。」
「あ?……まさか、おれの誕生日をか?!」

考えたこともなかった。

「だってお前、おれのせいで命以外全部なくしちまったのに……それでもおれが産まれた日を祝えるのかよ……」
「なくしたモンより、価値がありゃな。」

耳の奥で、重い鎖が海の底へ沈んでいく音がした。ルフィがほどいてくれたとばかり思っていた。だが自分でも気づかないほど深く心を侵食していたものも今、ボロボロとはがれおちている。

「クソジジイ……」
鼻の奥がじぃんと痛んだ。


「涙目だぞ、アホプリンス。」
「んなわけねェだろ。おやつできたから皆呼んでこいよ。」
「てめェ、人をアゴで・・・」
「愛してるから行ってこい。」
そんなんで遣われるか、と言いつつもゾロはのそのそとキッチンを出て行った。



ふっくらと仕上がった桃の花を一つずつ皿に載せていく。

祝福されていたのだ。
それが、こんなにも満たされるものだとは知らなかった。
温もりが満ちてこぼれる。


不意に視界がにじんで、サンジはあわてて上を向いた。




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