買出し用、と渡された財布がいつもより軽かった。
愛し麗し航海士の様子をそうっとうかがえば、冗談じゃないのよねえ、と両手を腰に当て、羊頭に座す船長をにらんでいる。
チョッパーとふざけていた彼が、はずみで甲板に穴を開けてしまったので、おそらく食費はその補修費用に回されたのだろう。だが海の一流コックたる者、予算が減ったくらいで文句をたれるような真似はしない。サンジは薄い財布を持ち、半袖シャツにハーフパンツというなりで船を下りた。
「それじゃあナミさん!恋の買出し行ってきまーーす!」
「はいはい気をつけてね。」
思いっきり手を振りながら港を離れ、市場へ向かう。港と市場はどこの島でもたいてい隣り合っており、新鮮な食材が安く買えるので、船乗りだけではなく普通の市民も客としてやってくることが多い。前方に見える市場は、にぎわいぶりから見てなかなか良さそうなところだった。
「……で、なんでテメェは後ろをずっとついてくるんだ?」
「ああ?なんか文句あんのか。」
タバコの煙を吐きながらちらりと背後に目をやると、ただでさえ目つきの悪い剣士が、眉間にしわを寄せて歩いている。
「荷物持ち志願か。感心感心。」
そんなわけないことは、自分が一番よくわかっていたが。
地面にござを敷いて野菜を売っている店とも言えないような店、屋台で解体ショーを見せながらマグロを売る店、業務用の大量卸売りから一般客用小売店までが軒を並べたメインストリート。さあどこから行こうか、と見渡すサンジの袖を後ろからゾロが引っ張った。
「あっちだあっち。」
一本向こうの通りを指差し、強引に手を引いて歩き出す。GM号きっての方向音痴に場所を指図され、サンジは驚きのあまり抵抗を忘れてしまった。さすがに横道を入るだけならゾロも迷わないらしく、無事に裏通りに入ることができた。
「……ってお前、こんなとこに用なんかねェぞ。」
立ち並ぶ安手の装飾を施した看板、看板、看板。連れ込みや娼館や怪しい薬屋、酒場。せめて夜ならばそれなりの歓楽街の雰囲気を楽しめたかもしれないが、白茶けた昼の光のなかではあまりに薄汚れていて、物悲しさすら漂ってくる。
「だいたいなんで知ってんだよ、来たことあんのか。」
「市場の裏手はこんなもんだろ。」
「俺がいくつの頃から買出ししてると思ってんだ。知ってるよクソヤロウ。そうじゃなくてだな……」
「金持ってるか。」
急にゾロが立ち止まった。ぶつかりそうになったサンジが前を見ると、相当うらぶれた連れ込み宿の門があった。ご休憩2時間5000ベリー。
「あるわけねェだろ。」
言い捨てて、戻ろうと背を向けたとたん、ゾロにシャツの裾をつかまれた。
「じゃあこっちだ。」
「あのな、魔獣の性欲につきあってるヒマはねェんだよ!」
さすがに人目をはばかり、サンジは小声で抗議した。それを受け入れる相手ではないと知りつつも、黙って従ってはいられない。しかしゾロはあっさりと受け流したうえ、自己主張までした。
「俺はたまってる。」
「あー……いいから離せクソ腹巻!」
一瞬納得しかけた自分への怒りもこめて、サンジは振り上げたかかとを前方の緑頭にぶちおろした。
「ぐは!!」
「そこで死んどけ、色魔。」
不意打ちに、頭を抱えてうずくまるゾロ。渾身のネリチャギがみごとに決まり、満足したサンジは元の通りに戻るべく背を向けた。渾身のうっかりであった。
ずん、と首筋に鈍い衝撃。しまった手刀だ前もくらったわざと油断させやがって卑怯じゃねェのかそれは、と思うのとほぼ同時にサンジは失神していた。